ヤンゴン・ジェネラルホスピタル救急部門。ヤンゴンの一般庶民でごった返し、富裕層や外国人は決して行きたくない場所ですが、交通事故など、ある限られた状況では”意思に反して”連れてこられることもあります。その中はどうなっているのか。ここをミャンマー「庶民目線」で受診してみたらどんな感じだろうか・・・と体当たり経験レポート。
滞在中、朝起きたら軽く下痢症状。発熱なく、局所痛がなく、その他渡航医学的におさえておくべきポイントは該当無く、とりあえずオオゴトにはならなさそうと見通せる状況。多分昨晩の食べ過ぎだろう、感染症状はなさそうだし、薬局に行ってあれとこれを買って・・・とやるべきことはわかるのですが、たまたまその日はスケジュールに大いに余裕あり。「そうだ、一般人モードでヤンゴン総合病院に突撃体験だ!」と思い立ちました。
ヤンゴン一般庶民でごった返すこの病院、在留邦人のみなさんは決して行きたくない場所でしょう(注:交通事故では、法令上は緩和されたとはいえ、いまでも実質的にはここに運ばれてしまうということはありますが、自分の意思で行く人はいないでしょう)。現地の邦人みなさんと話せば、尾ひれがつきまくった噂や都市伝説いろいろと。いわく「手術室に〇〇が入ってきた」「〇〇が飛んでいた」などなど。
いくらそれは何でも・・とおもいつつ、実際に「ヤンゴン庶民目線で」確かめてみることにしました。すなわち、ヤンゴンで付き合ってる医者連中には一切黙って(JICA病院と通称される、ODAで建てた新館ではなく、コロニアル様式レンガ造りの、庶民でごった返す旧い方へ)単身乗り込みます。自分が医者であることはおくびにも出さない(専門的な言葉を発さない)。
朝イチのアポ終わらせてからその足で11:00am着。まず行くべきはtriage(トリアージ)と書かれたカウンター。ここで重症/軽症振り分けて優先順位がつけられます。
軽症は軽症者待合室で待たされるようですが、なんらかの外国人配慮があったのか、11:30頃には経過観察室へご案内。入口におおきな「撮影禁止!」ポスターがあります(こんな大きなポスターをあちこち貼らなければならないのは、そういう事する人が後を絶たないのかなあ・・・ビクトリア病院やパラミ病院など富裕層向け病院では見かけなかったから、患者層で常識が違うのかなあ・・・)
世界中の富裕層向け病院ではごく一般的な「診療費の支払い能力の査定」は無しにすぐ相手してもらえるのは日本と同じ感覚です(ここで威力発揮の海外旅行傷害保険証は出番なし)。
シーツの無いベッドが17個ならぶ大部屋。七転八倒してる人もぐったりしてる人も吐いてる人もそうでもない人もいます。この日は咳をしている人がいなかったので、この空間にいても飛沫感染・飛沫核感染をもらっちゃうリスクは低いと判断、じっくり腰をすえて観察することにします。でもベッド間にカーテンがありませんから、プライバシーの話だけじゃなくて、呼吸器感染症が流行ったらリスク上がるでしょう。
目立つのは私以外の受診者には必ず付添人が1~数人(最多で6人)付いてることでした。プロセスは心電図⇒病歴聴取⇒血糖値⇒採血(血液一般、血沈、CRP、)⇒結果が出るまで2時間待ち⇒結果説明。発熱をともなわない旅行者下痢症の診断にはちょっと大げさではないかと思いますが、そんな事は言わないでおとなしく従います。
20台とおぼしき若手女医さんが既往歴や生活歴、薬剤歴など、基本をきちんとおさえた質問をテキパキと英語で聞いてきます。流れ作業式に17のベッドをどんどんまわってゆきます。医師の目から見たらとても好印象です(医療者に愛想を求める人には不興かもしれませんが)。
こちらから申告したのは「今朝から下痢っぽいの2回、発熱はしていないと思う」とありのままを。生活歴職業歴は、医師であることは言わないで、しかし、ひとつ嘘をつくと次々、どこかの国のどこかの役所の統計セクションみたくなってしまうので「大学の教師、ミャンマーに研究の仕事で来ている」とだけ、ありのままを。「それは政府の派遣か?」とは想定外の質問でしたが「政府の研究費もらってるけど私立大学の仕事」とありのままを(政府派遣なら扱いが違うのかなあ・・謎)。
書類はトリアージのカウンターで申告したことの書類、カルテ最初の頁、検査伝票。日本ではヤンゴン総合病院クラス相当なら電子カルテのはずですが、中小病院ならこれで標準的(なんてこと書いたら早速明日からでも売り込む会社出て来るかな:笑)
医師は3人でてきぱき動き、椅子に座るひまもありません。が、検査結果2時間待ちの間に顔ぶれが入れ替わったから、dutyの時間はきちんと決まっていて、労務管理は日本のふつうクラスの病院よりしっかりしているかもしれません。
最後に驚愕のひとこと。「No pay, emergency no pay」。なんと、救急部門の診察と検査はすべて無料なのでした。
一般庶民向けではあっても、ここは決して救貧施設ではありませんから、ちょっとびっくりしました。
そして、カルテは原本をそのままもらえます。日本では、カルテ本体は病院に保存し、医事訴訟などが起こったときには医療者の身を守る証拠となりますが、この国ではそのようなことは起こらないということでしょうか。ここも驚。
このカルテには処方箋も含まれています。これをもって街の薬局に向かいます。
処方されたのはこれ。
BIOFLORというのはイースト菌系整腸剤。日本の病院でも発熱をともなわない軽症下痢にはビオフェルミンを出したりしますから、似た感覚です。手前の袋はORS経口輸液、日本ではOS-1に相当するものです。この処方には何ら違和感はありません。
薬品は自己負担。この処方で10000チャット強、800円ぐらいでした。
結論:
1.富裕層向け医療機関が次々に出来るヤンゴンであえてここに行く必要はない。
2.しかし不本意にここに連れてこられてしまっても、即、絶望することでもない。
3.若い世代の医者は、好印象と見た。基本はおさえている。ちゃんと勉強してる。
4.ダメなところは、経過観察室のベッド間にカーテンが無いこと。プライバシーゼロ。呼吸器感染が流行ったら要注意(自分がかかるのでなくても、ミャンマー人スタッフの見舞いや付添いでも)。ベッドにシーツはかかっていない。
5.さすがに都市伝説みたく、動物が入ってきたりはしないが、蚊は飛んでいる。
6.救急部門に限っては、診察料と検査料は無料。
7.軽い下痢の場合、診察は基本おさえたキチンとしたものだった。検査はちょっと大げさ、過剰な感も(日本なら公的保険で削られてしまう)。処方は妥当。
8.付添人についてきてもらうのが原則。