ミャンマーよもやま情報局

関西福祉大学 勝田吉彰研究室。科研費研究でミャンマーに通っています。学会発表や論文には入らないやわらかいネタをこちらで発信しています。取材や照会など連絡先はこちらへ myanmar@zaz.att.ne.jp

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ヤンゴン日本人会報に書きました①(ジカウイルス感染症)

ヤンゴン日本人会報に書いた原稿に、ちょっと追加して紹介。ジカウイルス感染症(通称ジカ熱)。このところシンガポールの国内感染が発生し話題になっているところに、フィリピンでも国内感染が確認されました。公式にはミャンマーではまだ報告されていませんが、そのXデーは近いのではとも思っております。(国内感染とは、国境を越えて他国から入ってくるのではなく、その国の中で感染が成立するという意味。たとえば日本では、ブラジルやポリネシアやタイで蚊に刺され感染した人が帰国して国内で受診・ジカと診断されたケースはありますが、日本国内の蚊に刺されて感染したケースは執筆時点でありません。これを、輸入例はあれど国内感染は無いということになります)

 

シンガポールの感染者は41例→82例→115例→・・・と連日、数字が跳ね上がっています。実はシンガポールは”飴と鞭”を巧みに使って媒介蚊対策(デング・ジカとも共通の蚊)に効果をあげており、蚊対策において東南アジア随一の先進国なのですが、そのシンガポールにおいてさえということでショックが広がっています。

ミャンマーシンガポールに比べて、途上国からの出稼ぎ労働者を引き付ける国ではありませんから、シンガポールよりは優先順位はあとなのでしょうが、一方でシンガポールで出稼ぎのミャンマー人は多く、これから連休等で帰国してくることは考えられます。

以下、会報の記述です

Yangon Japanese Association » No.5 ミャンマーに入ってくるかもしれない病気


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ミャンマーに入ってくるかもしれない病気 

~ジカウイルス感染症

ヤンゴンの皆さま、こんにちは。関西福祉大学の勝田と申します。

私は渡航医学と多文化間精神医学を専門とし、研究のフィールドとしてヤンゴンに年2回定期的に通っております。文科省管轄日本学術振興会の科学研究費に採択いただき、お国からいただいた資金でミャンマー通いさせていただいておりますので、現地の皆さまのお役に立てることをさせていただける機会があればと思っていたところ、今回、執筆のオファーをいただきました。折にふれてミャンマーの風土病やメンタルヘルスミャンマー人医師たちのディープな話など紹介させていただきます。

 

 さて、初回は少々緊急に知っていただきたいことです。すでにベトナムやタイなど隣国に感染者が出ていて、これからミャンマーに入ってくるかもしれない病気、ジカウイルス感染症です。この疾患はデング熱チクングニヤ熱と同じネッタイシマカやヒトスジシマカによって媒介されます。すなわち、デング熱が発生している場所では、そのウイルスを運ぶ“乗物(ネッタイシマカやヒトスジシマカ)”が存在しているわけですから、ひとたび患者さんが入ってこれば、蚊が媒介して爆発的に拡大します。いま世界中の注目を集めるのがブラジルをはじめとする中南米ですが、それまでまったく発生の無かったこれらの国々に一旦入るや、あっという間に中南米の流行地図が真っ赤になってしまいました。ミャンマーは本稿執筆の6月13日時点において発生は確認されていませんが、隣国タイで発生が確認されている今、入ってくるのは時間の問題と考えるのが自然でしょう。中南米にはアジアから旅行者によって持ち込まれたとされていますから、ミャンマーに入って来るときも、必ずしもタイーミャンマー国境の鬱蒼たる森林地帯を経てくるとは限らずヤンゴン空港から入ってくるのかもしれません。

 

 この病気が話題になっているのは、感染した妊婦から先天性異常のある赤ちゃんが生まれてくることが第一にあります。これは「小頭症」という頭が異常に小さいことが当初知られましたが、実は問題はそこにとどまらず、ウイルスが神経の元となる細胞を攻撃し壊してしまうため視力障害や知的障害も含めた非常に広範囲な障害が発生することが後になって分かってきました。また、赤ちゃんだけではなく、大人についても麻痺や感覚障害をともなう神経系の異常、ギランバレー症候群を起こすことも分かってきました。こうした先天性異常の問題から、WHOが非常事態宣言(PHEIC:国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)を出しました。この宣言が出るのは2014年にエボラ熱が世界中を震撼させて以来です。

 

 さて、ではミャンマー生活では何に留意をすればよいのか。ひとつは蚊対策、すなわちデング対策と共通です。蚊に刺されない対策。個人防衛としては長袖長ズボンの着用、蚊帳の使用、蚊取り線香、虫よけスプレーです。虫よけは成分がDEETと表示され、その濃度が濃いものが長時間効果があるのでお勧めです。ヤンゴンで買えるのはオーストラリア製Bushmanが20~80%まであり品質も間違いありませんが、1本1万チャット以上とミャンマー庶民にとってすこぶる高価で需要が限定されるので、売られている店もFMIセンター地下の薬局とかシティマートの大型店とか“ハイソな場所”に限られて入手しにくいのがネックです。入手しやすいのはタイ製sketolene。オレンジ・緑・紫のラベルがありますが、オレンジがお勧めです。DEET 20%。1本2000チャット弱で、小さ目のシティマートにも置いてあります。余談ですが、日本では厚労省の妙な規制(その経緯はかなりアバウト)により最高12%までしか販売できませんので、日本製では2時間までしか有効ではなく、しょっちゅう塗りなおさねばなりません。筆者は自分で使用する分はミャンマーに来たときに買い込んで帰ります。ミャンマーでも街中の雑貨屋でも売ってるインド製odomos(激安350チャット!)や昨年から登場したミャンマー国産のは同様に12%、2時間ごと塗り直しです。あとタイガーバームのパッチ貼薬なんてものも目撃しますが頼りないので手を出さない方が無難(右手に貼って左足まで効くかというとはなはだギモン)

 蚊の習性にも注意しましょう。蚊が好むのは炭酸ガスが多く、体温が高めの人です。すなわち「酔っぱらった人」と「しらふの人」がいたら前者を好みます。また服装は前記の長袖長ズボンのほか、白い服が寄ってきにくくリスクが減らせます。以上がデング熱と共通の注意ですが、もうひとつ、デング熱にはなくジカ独特のことがあります。それは「性交感染」です。感染男性の精子中に長期間ウイルスが残ることがわかっています。そこでWHOは新たな基準を出しました。
1.流行地から帰国した男女は、8週間のあいだ、セックスをひかえるかコンドーム使用すること。

2.発熱・湿疹・結膜炎など何らかの症状があった男性は、6か月のあいだ、セックスをひかえるかコンドーム使用すること。

今後の経緯によりミャンマーが流行地になってゆけば、滞在中は避妊(精子中のウイルスを散らさないのが目的ですから、ピルなどでは意味がなく、コンドーム)、帰国後も8週間または6か月間要継続です。

なお、蚊に刺されてはいけないのは予防のためだけではなりません。もしジカやデングに感染してしまったら、その感染者も蚊に刺されてはいけないのです。感染者が刺されると、その蚊が媒介して別の人に感染拡大してしまいますから、なお蚊対策に細心の注意を払ってください。

 こうした個人防衛と並んで社会防衛も大切です。すなわち蚊を極力発生させないこと。自宅や周辺を点検してください。花瓶の水が古くなっていないか、植木鉢の受け皿は、溝が淀んでいないか、バケツや容器に雨水がたまりっぱなしになっていないか、、、シンガポールでは当局がときどき一般家庭までガサ入れして、何度か警告しても放置する家からは罰金を取り上げる(!)という強硬策で効果をあげました。今住んでいるのがヤンゴンではなくてシンガポールぐらいの緊張感を持っていただければ、少なくとも自宅周辺(職場周辺)のリスクは減らせるかもしれません。

WHOのジカ流行地図。この地図でベトナムに色がついていませんが、韓国にてベトナム渡航歴のジカ感染者が確認されていますから、感染存在すると解釈できます。

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WHOのジカ発生国マップ